「お父さん、ダンクってできたの?」
「お父さん、ダンクってできたの?」
息子にそう聞かれたとき、 自分は一瞬だけ止まった。
「できたよ…昔は。」
そう答えながら、 どこかに引っかかるものを感じた。
「昔は」という言葉の軽さというか、虚しさというか。
息子が知っている父親は、 リビングに飾ってあるチームのポスターの中の選手だけ。
実際に跳んでいる姿も、 試合で戦っている姿も、 一度も見たことがない。
それでも息子は「自分もプロ選手になる」と言い、 バスケを始めた。
だったら見せてやろう。
「凄かったらしい父親」じゃなく、「凄い父親」を。
それが、この365日チャレンジの始まりだった。
過去形でしか語れない父親でいたくなかった
息子がバスケを始めたとき、正直嬉しかった。
でも同時に、少し複雑な気持ちも。
息子の「プロになる」という夢の中にある父親像は、ポスターの中の選手だ。
実物を見たわけじゃない。試合を観たわけでもない。
ただそこにあるポスターを見て、「なんかすごい人だったんだ」と思っている。
それだけ…。
でも息子は、その「なんとなく」をモチベーションにバスケをしている。
だとしたら、もっとやれることがあるんじゃないか。
「凄かったらしいお父さん」じゃなく、
「こうなりたい」と思えるお父さんを見せてやりたい。
結果だけじゃない。
目標に向かって努力する姿も。
壁にぶつかりながら成長していく過程も。
そう思っていたある日、息子が不意に口にした一言。
「お父さん、ダンクってできたの?」
…
「あぁ、現役時代はやってたよ。」
そう答えた瞬間、胸の中に何か重いものが落ちてきた。
過去を語ることしか自分にはできないのか?
あの頃はできた。
今の自分には、それしか言えない。
その虚しさと申し訳なさが、全部一気に押し寄せてきた。
だったら、現在形で見せてやろうじゃないか?
今の自分が本気で挑む姿を。
頑張ることで成長していく過程を。
そして、成功という結果も。
365日の軌跡——夏の手応えと、秋の崩壊
2025年1月、チャレンジは始まった。
大腿膝蓋関節症・半月板損傷・足底腱膜炎。
スタート時点でこの3つを抱えていて
お世辞にも万全とは言えない状態。
それでもトレーニングを重ねるうちに、身体は確実に応えてくれた。
開始当初、片手でリングにギリギリ届くかどうか。
それが夏には、片手でガッツリ掴めるように。
両手でも、軽く届くところまで来ていた。
感覚的には15センチ以上は伸びていたと思う。
「これはいけるかもしれない。」
そう思った瞬間が、確かにあった。
しかし秋口から怪我が重なり始めた。
膝、腰、また膝。
治っては再燃を繰り返すうちに、トレーニングの質も量も落ちていった。
あれだけ伸びていた記録が、少しずつ逆戻り。
そして1月。
気づけば、期限が来ていた。
睡眠5時間で週5トレーニング。失敗の本当の理由
原因はシンプル。
トレーニングと回復のアンバランス。
ただそれだけ。
仕事は夜8時過ぎまで。
終わってからジムや公園へ向かい、トレーニング。
帰宅して食事をしながら仕事を再開。気づけば深夜2時。
翌朝は7時前に起きる。
睡眠時間、約5時間。
それを週5回のトレーニングと並行して続けた。
身体が悲鳴をあげるのは、時間の問題だったのかもしれない。
トレーニングは積み上げられる。
でも回復が追いつかない。
疲労は抜けないまま次のトレーニングへ。
怪我が治らないまま次のトレーニングへ。
頑張れば頑張るほど、身体は壊れる方向へ向かっていた。
わかっていた。
トレーナーとしての知識がある分、自分でもわかっていた。
それでも止められなかった。
仕事を削れない。トレーニングも削りたくない。
削れるのは睡眠だけだった。
その選択が、365日の結末を決めてしまったのかもしれない。
静かに、期限が来た
派手な終わりじゃなかった。
怪我の治療をしているうちに、静かに、期限が来た。
残念だった。
情けなかった。
でも一番強かったのは、息子への申し訳なさ。
約束を守れなかった。
それだけじゃない。
夏にあれだけ手応えを感じていたのに。
「いけるかもしれない」と思っていたのに。
その可能性を、自分自身で潰してしまった気がした。
トレーナーとしての知識があって、回復の大切さもわかっていて。
それでも睡眠やケアを削り続けた。
言い訳はいくらでもできる。
仕事が忙しかった。
怪我が重なった。
年齢もある。
でも結局のところ、
睡眠や身体のメンテナンスを含めた自分の管理が甘かった。
それだけのことだ。
結果より、見せられたものがあると思っている
息子は何となく知っていると思う。
「やっぱりだめだったんだ。そりゃそうだよね…。」
年齢のことも、
怪我のことも知っている息子だから、
心のどこかでそう思っているかもしれない。
それでもいい。
結果は出せなかった。
でも、目標に向かって諦めずに動き続ける姿は見せられたと思っている。
ジムに通い、
公園を走り、
怪我をしながらも起き上がり続けた1年間。
「こうなりたい」と思える父親像にはまだ遠いかもしれない。
でも、
「こういう風に生きている」という姿は伝えられたんじゃないか。
そう思うことにした…。
続けます。今度は土台から。
💬 続けます!
期限は決めません。
でも、やめません。
反省はシンプルです。
強い身体を作ってから、跳ぶ。
跳ぶための身体を、まず作る。
回復できる身体を、まず作る。
派手なトレーニングじゃなくていい。
変わったことをやる必要もありません。
基本的な筋力トレーニングで、体力と耐久性をしっかり育てる。
そのうえで、たくさん跳ぶ。
質の高い跳躍を、積み重ねていく。
睡眠をできるだけ確保して、
回復とメンテナンスをトレーニングと同じくらい大切にする。
つまり、、、
当たり前のことを、当たり前にやりきるってこと!
どれも運動能力を上げるためには基本的なことだけど、
自分には、そんな基本が足りていませんでした。
息子よ、もう少し待っててくれ。
今度は結果を持って帰ります。
必ず持って帰るから。
信じて待ってろ。
